ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

ドイツでは、日本史は、歴史学の中で扱われない。

chorolyn さんのところで、イタリアでは研究が国内で閉じているという話が出ていましたが、ドイツも似たようなもんだろうと思います。こちらの大学の先生が海外に留学しているかどうかは存じませんが、ほとんどの先生は自国の歴史を研究しているので、余りしてないのではないかと思います。*1何分ドイツで、「歴史学」と言った場合、それは基本的にドイツの歴史を扱う学問のことです。これは初等教育でも、高等教育でも同じのようです。

聞きかじりの不確かな情報で申し訳ありませんが、小学校やギムナジウムでは、ほとんど自国の歴史しか教えず、他のヨーロッパの国々の歴史もフランス革命などの例外を除けば、余り教えないそうです。アメリカの歴史は歴史の時間では少し出てくるだけで、あとは英語の時間に少し説明されるくらいで、アジアの歴史は、ほとんど全く学ばないそうです。

大学では、歴史学科では、ほとんど自国の歴史しか教えていません。もちろん、古代ギリシャやローマ、ビザンツ史の授業はかなりありますが、これも自国のルーツを探るためと言って良いでしょう。少なくともミュンスター大学では、講義目録を見ても、ほとんどドイツ史の講義やゼミしか載っていませんし、ドイツ以外の国の歴史は、ドイツのたいていの大学では、まともに学べないのではないかと思います。

他の国の歴史は、歴史学科ではなく、中国学や日本学など、比較文化研究的な学科で扱われるのだろうと思います。これらの学科は、中国や日本のことを扱っていれば、何でも良いというわけで、中国や日本の歴史を研究している人がいたとしても、それは、「歴史学」という枠ではなく、現代の中国や日本を理解するための一手段という位置付けになるのだろうと思います。

このようなお国柄ですから、こちらでは、郷土史は、異様な層の厚みを持っています。たとえばヴェストファーレン地方の郷土史雑誌だけでも、私が知るだけで4つか5つはあります。ヴェストファーレンという大きな枠ではなく、ヴェストファーレン内の諸地域の雑誌も沢山出ていますし、都市毎の雑誌もあります。ドイツでは、都市、郡レベルから、地方、州レベルまで、多種多様な郷土史雑誌が出版されており、途方もない量の研究が、日々積み重ねられているわけです。

また、こちらでは、たとえば小都市であっても、大部の都市の歴史を編纂、出版することが多く、膨大な過去の研究が、網羅的にこれらの都市史の中でまとめられていきます。ちなみに、ミュンスター市も、90年代初めに3巻本の都市史を出版しています。

また、ドイツでは、単に学術レベルにとどまらず、一般向けの郷土関係の本が膨大に出版されています。たとえば、ミュンスターの新刊書店に置いてある郷土関係の本は、ミュンスター市、ミュンスター周辺、ヴェストファーレン地方関係合わせて、数百点に登ると思われます。書店に置いてある本は新刊だけですから、過去に出版された本を入れれば、途方もない種類の郷土関係の図書が出版されたことになります。たとえば、最近では、以前ミュンスターローリングストーンズがライヴを行ったときの様子が本になりました。

私はドイツにずっと住んでいたので、これが当たり前だと思っていたのですが、オランダの書店で郷土図書コーナーを見たときに、余りにも僅かな本しか置いていないので驚きました。アムステルダムの大型書店のアムステルダム郷土図書コーナーでさえ、置いてある本の種類に関しては、ミュンスターの書店の郷土図書コーナーに遠く及びません(ミュンスターはドイツの中でも特別郷土図書が多いような気もしますが)。他のヨーロッパの国は知りませんが、私はその時、ドイツの郷土史への執着は、もしかするとヨーロッパの中でも特別なのかもしれないと思いました。

いずれにせよ、ドイツの歴史学科は、日本史、東洋史西洋史をほぼ同規模で抱える日本の大学の歴史学科とは、比較にならないほど、自国史中心だということが言えると思います。実は、このことについては、この間紹介したドイツの日本学者 Hans Martin Krämer 氏も、論文の中で指摘していました。

私は、各国の歴史教育や歴史研究の状況を全く存じませんが、日本のように、熱心に他国の歴史を教え、研究している国は、他に余りないのではないかと思わないことはありません。

ただ、一応付け加えておくと、ドイツの研究者の方々は、自分が扱っている分野に関しては、当然国外(とは言っても、ヨーロッパ言語圏に限りますが)の研究もフォローしていると思います。余り一般的なことは良く存じないのでなんとも言えませんが、私の専門の再洗礼派研究に関しては、アメリカ、カナダ、オランダなどの研究も、ドイツの研究者の論文の中で利用されています。

*1:歴史学科の教員プロフィールを見ればすぐわかるわけですが、注意して見たことがありません。