ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

双曲割引説への様々な批判

この間双曲割引説への批判をご紹介しましたが、友野典男さんの『行動経済学』で紹介されている、双曲割引理論への批判は、もっと多岐に渡っています。


割引率は測れるか

先ず、双曲割引に限らない割引率の特徴として、以下の三つが挙げられています。(229頁)

  1. 割引の対象となる金額や効用が小さいほど、割引率は大きく、また金額が大きい場合に比べて急激に減少する。
  2. 割引率は、時間的な遠近によって大きく異なり、利得や損失の実現が将来遠い時点になればなるほど、割引率は小さくなる。
  3. 利得と損失の非対称。割引率は支払(損失)については、受取(利得)に比べてはるかに小さい値をとり、かつ受取に関する割引率の方が急激に減少する。

これは、様々な対象で測定され、かなり普遍的に見られる傾向だそうです。しかし、このような傾向は必ずしも確立された性質とは言えないそうです。フレデリックらの測定によれば、以下の理由で実験結果の解釈には慎重になるべきだと主張しているそうです。(230頁)

  1. 測定された割引率のばらつきが大きすぎる。
  2. 測定方法の進歩が見られず、研究が進展しても、割引率の値の範囲が縮小しない。
  3. 割引率が常識的に考えて高すぎる。

そのため、フレデリックは、将来に対する割引は、非常に多様な要因が組み合わされて生じるので、割引率という一要素だけで捕らえるのは難しいと考えているそうです。たとえば、割引率の大きさは、時間選好だけではなく、効用関数の性質や変化によっても左右されるので、両者を区別する必要があると指摘しています。


「だんだん良くなる」が好まれる

利得や賃金は、総額が一定であっても、だんだんと良くなるという上昇系列が好まれるので、割引率がマイナス、つまり遠い未来になるほど利得が上昇することがあるそうです。これは、損失回避性で説明できるそうです。つまり今を参照点にして、その後利得が減少すると、それが損失のように感じられてしまうということだそうです。


類似性による選択と割引

ルービンスタインによれば、一般に人々が選択を行う時には、選択肢のさまざまな性質が互いに類似しているかが選択に大きく影響していると考えたそうです。つまり、二つの選択肢の複数の性質の中で、類似しているものは無視され、類似していないものが判断に使われるそうです。これは、異時点間の選択にも当てはまるそうです。そのため、双曲型割引で説明できない選択が、類似性による基づく選択という原理で説明できることがあるそうです。


時間に関するフレーミング効果

割引率の測定では、普通1ヶ月後や、半年後のように現在からどれくらい先かを被験者に示すそうです。しかし、リードによると、半年後と言う代わりに、2007年10月9日など特定の日付を示して評価を聞いてみると、割引率がかなり小さくなり、双曲割引より指数割引に近くなったそうです。友野さんは、この心理メカニズムは、類似性理論で説明できると考えているようです。


現在志向バイアスと時間解釈理論

時間的非整合などの異時点間の選択についてのアプローチには、双曲側割引だけでなく、心理学者のヤーコヴ・トロープとニラ・リバーマンが提唱する時間解釈理論があるそうです。時間解釈理論によると、人は評価する対象が時間的に離れている場合と近い場合では、たとえ対象が同じでも着目する観点が異なるのだそうです。つまり、時間的に離れた対象に対しては、より抽象的、本質的、特徴的な点に着目して対象を解釈し、時間的に近い対象に対しては、より具体的、表面的、些末的な点に着目して解釈するそうです。(244頁)

友野さんは、この時間解釈理論によって、双曲型割引の特徴である「現在志向バイアス」を説明できると考えています。

将来の利得の評価では、利得の大きさが高次のレベルの性質であり、時間的な遅れは低次のレベルの性質である。したがって、近い将来の利得を評価する場合には、利得の大きさよりも時間的遅れの意味が重視されることになり、そこで少し先のことであっても大きく割り引かれることになる。つまり、遠い将来に関しては、利得の大きさが問題とされるが、近い将来に関しては、時間の遅れが重視されるのである。

また、双曲型割引の背景には、将来は不確実であるという無意識の認識があるかもしれない。実験で、「3ヶ月後の1万円」の現在価値を尋ねる場合には、3ヶ月後に1万円が必ず手に入るという前提があるが、被験者は時間の遅れと不確実性を密接に結びつけて、時間の遅れ、すなわち入手できるか不確実であると受け取っているかもしれない。そうであるとすれば、時間的に離れた将来では高次の解釈である利得額が重視され、時間的に近い場合には低次の解釈である入手可能性が重視されることになる。

したがって、同一額の利得に対しては、遠い将来の方が近い将来に比べて割引率は小さくなる。また、同一時点での大きな利得の方が小さな利得よりも魅力的であり、そこで大きな利得の方が割引率は小さくなる。(250-251頁)


このように友野さんは、時間解釈理論は、双曲型割引や割引率の特徴の(1)を説明できる、より上位の理論だと考えているようです。この間ご紹介したパーティーの問題も、双曲型割引理論ではなく、時間解釈理論で説明した方が整合性があると考えているようです。

そのため、フレデリック (230頁)やルービンスタイン (238頁)、ローワンスタインとリード (254頁)など様々な研究者は、異時点間の選択のメカニズムは、双曲型割引だけでは十分解明できず、もっと複雑な要素が絡み合って行われると考えているそうです。友野さん自身も、

金銭的利得を評価するという単純な課題に対して双曲型の割引が行われるからといって、それがこのような複雑な要因からなる日常的意志決定にそのまま適用できるかについては、大いに疑問が残る。(252頁)

と述べています。

全体的にこの本では、双曲型割引に対して、かなり懐疑的な見方がされていますが、様々な専門家が同様の指摘を行っていることから、双曲型割引だけで時間選好を説明することはできないのでしょう。おそらく、今後も異時点間の時間選好に関する研究は進んでいくことでしょうから、またこのような啓蒙書で、素人にも分かりやすいように紹介していただければありがたいと思っています。