ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

オランダ再洗礼派旅行

ウィーンに行って来たばかりなのですが、先週はオランダを旅していました。今回オランダを旅してきたのは、5月21日土曜日に、アムステルダムにほど近いところに位置するハーレムという街で、メンノー派歴史協会(Mennonitischer Geschichtsverein 日本風に訳せば、メンノー派歴史学会)の一年に一回の集まりがあったからです。メンノー派歴史協会は、メンノー派*1や再洗礼派の歴史を研究する人の歴史協会です。

名前の通り、この歴史協会は、再洗礼派の一派であるメンノー派と、密接な関わりがあるわけですが、別に信徒でなければ入れないわけではなく、異宗派の信奉者や異教徒でも入れます。

再洗礼派を専門で扱う学術雑誌は、私が知る限りでは、二つあります。一つはアメリカで発行されている英語の雑誌The Menonnite Quarterly Review、そしてもう一つがドイツで発行されているドイツ語のMenonnitische Geschichtsblätter です。当然再洗礼派研究にとって極めて重要な雑誌ですが、メンノー派歴史協会の会員になると、この雑誌がもらえるので、私も会員になりました。

そんな中、歴史協会の集まりがあるということで、人脈を広げるためにも、一度行ってみようと思いました。そのために今回、ハーレムに行くことにしたのです。

しかし、せっかくオランダに行くのだから、ハーレムだけでなく、他の都市も見て回ろうと思い、ライデン、アムステルダムにも行って来ました。

これらの都市は、全てミュンスター再洗礼派と、非常に縁が深い街であり、そのため前々から一度見てみたかったのです。

ハーレムは、ミュンスター再洗礼派統治期初期に指導的立場を果たした預言者ヤン・マティスの住んでいた街であり、ライデンは、再洗礼派王国の王としてミュンスターを統治していたヤン・ファン・ライデンの住んでいた街です。そしてアムステルダムは、1530年代オランダ再洗礼派最大の拠点だった街です。そのため、どの街も、ミュンスター再洗礼派縁の地と言えるでしょう。


今回の旅行は非常に中身の濃い、意義深い旅だったので、すぐに色々とご報告したいところですが、その前のウィーンとスロバキア旅行についてまだもう少し書こうかと思います。

この間も、美術史や文化史に精通している方には、鼻で笑われそうな雑な用語の使い方や論じ方をしてしまったので、識者の方から叱責を浴びるのではないかとビクビクしていましたが、何分私も専門以外の分野では一介の素人ですので、その辺ご考慮いただき、お読みいただけるとありがたいです。

*1:現在まで生き延びた再洗礼派の中で最大の規模を保つオランダ発祥の宗派