スイス史、宗教改革史合同研究会
この日は、日本女子大学で、スイス史研究会と宗教改革史研究会の合同で、研究会が行われたので行ってきました。今回は、日本を代表する農民戦争研究者である前間良爾先生が、「グラウビュンデンにおける農民戦争と宗教改革」という発表を行いました。
スイス南部のグラウビュンデンでは、農民戦争の影響を受け、国制的文書である第一次、及び第二次イーランツ箇条書が起草され、教会改革が行われ、農民の代表によって統治される農民共和国が成立したそうです。
興味深いのは、ドイツの農民戦争とは異なり、グラウビュンデンでは、ツヴィングリの影響を受けつつも、宗教改革は導入されなかったことです。彼らが要求したのは、司祭の定住や教会裁判の権限を世俗の裁判所に移すこと、教会守護者と教区民による司祭選出などでした。ヒッペンマイヤーによれば、農民にとって教義が重要になるのはようやく17世紀半ば以降であり、彼らにとって教義は主要な関心事ではなく、カトリックか福音派かはどちらでも良かったそうです。そのため、宗派決定は、司祭の態度や説教師のカリスマ、名望家の影響などによる偶然的な要素に大きく左右されたと言うことです。
また、私は、農民戦争や箇条書起草における中小農民の役割についてご質問させていただいたのですが、グラウビュンデンでは、アリストクラートはいたものの、西南ドイツとは異なり、下層民が増大し、それほど階層分化が進んだわけではないそうです。この辺の研究は余り進んでいないようですが、裁判記録や土地台帳から、中小農民が納税拒否を行ったことが分かるそうです。また、西南ドイツでは、個々の共同体で起草された要望書が残っているらしいですが、グラウビュンデンでは、残っていないそうです。また、グラウビュンデンでは、中小農民の力が強かったため、寡頭制は確立しなかったそうです。
また、興味深かったのは、スクリブナーが、上層の農民と下層の農民では、そもそもメンタリティー自体が異なったと指摘していたらしいことです。
自分の研究にも参考になりそうな指摘も多く、非常に興味深く拝聴させていただきました。
研究会の後は、駅前の中華料理店で打ち上げをしたのですが、私は、大学の先生方が集まったテーブルに座ることになったので、非常に緊張しました。他の方々が、結構ミュンスター再洗礼派運動をおどろおどろしいイメージで捉えられているようでしたので、そのような見解を、今後修正して行かねばなるまいと、啓蒙活動の必要性を強く感じました。