ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

ダーウィンと現代カトリック教会

1997年に開催された「キリスト教と文化研究所・科学史フォーラム」で、キリスト教と文化研究所 研究員 藤井清久氏が行った「ダーウィンと現代カトリック教会」という講演では、カトリック教会の進化論に対する態度が概観されています。

1 『種の起源』(1859)から19世紀末までのカトリック教徒および教会

(中略)

 1875年にカトリックの科学者が設立した「ブリュッセル科学協会」の機関誌『科学問題雑誌』は、どちらかというと進化論に好意的な論文を掲載し、また 1888年より3年ごとに開催された「カトリック国際科学会議」は、第一回、第二回会議でこそ、進化論に反対する議論が優勢であったが、第5回会議(1900年)では、カトリック科学者による、ダーウィン主義の受容が一般的雰囲気となった。

(中略)


3 ピウス十二世の「フマニ・ゲネリス」(1950)

 カトリック教会における、ダーウィン理論の受容史において、最も重要な文書は、ピウス十二世(在任1939-1958)の回勅である。ピウス十二世は、活発な知性と幅広い教養の持ち主で、科学技術と信仰の問題について、大きな関心をもっていた(たとえば、ピウス十二世は、「科学が発展するにつれて、過去になされた主張とまったく反対に、真の科学は、ますます神を発見する」と述べた、1951年)。

 「フマニ・ゲネリス」は、科学上の理論が言及された最初の回勅であった。この回勅は、まず「自然科学の領域においてさえ証明されたことがない進化論が、すべての事物の起源を説明すると、十分に検討せずに軽率にも考え、そして、世界は絶え間なく進化しているという一元論的かつ汎神論的見解を大胆に支持している」と現代哲学の危険な傾向を指摘しながらも、「教会の教導職は、人間諸科学と神学の現状に従って、両領域の専門家が、すでに存在する生体物質から生じる人間の肉体の起源を探求するのであれば、進化論に関する研究や討論を禁止しない」として、進化論の研究を公に認めた。(後略)


4  第二バチカン公会議(1962-1965)

 科学と信仰との調和を求めたピウス十二世の精神は、その後第二バチカン公会議においてもさらに、「現代の科学と学説および新しく発見された知識を、キリスト教の道徳と教理に結びつけることによって、宗教心と道徳感とが科学知識や絶えず進歩する技術と同じ歩調で進むようにしなければならならない」と宣言された。


5  1960年代におけるカトリック科学者

「フマニ・ゲネリス」と第二バチカン公会議のおかげで進化論は、現代のカトリック生物学者によって広く支持されるようになったと思われる。『新カトリック百科事典』(1967)は、「進化という観念は、18世紀末に向かって生物学に浸透した。この観念は、チャールズ・ダーウィンが『種の起源』(1859)を出版したとき、初めて論理的に定式化され、印象的な一連のデータによって支持された。この観念は、単なる説明上の仮説でも、あるいは通常の意味における理論でさえもなく、それなくしては既知の実在が理解できない科学的事実として、提示されている」と、はっきりと進化論を認めることを明言している。この事典における進化論の項は、たしかに個人の署名論文ではあるが、おそらく大多数のカトリック生物学者の見解を代表していると見なしてよいであろう。


ヨハネ・パウロ二世(在任1978ー )

 カトリック教会における科学と宗教との対話と調和の路線は、現代のヨハネ・パウロ二世によって最終的に仕上げられたと見なすことができる。ヨハネ・パウロ二世は、「教皇科学アカデミー」創立50周年記念演説のなかで、「新しいタイプの対話が、今や教会と科学の世界の間に始まりました。−−教会は、理性と科学を擁護します。そして、科学が真理に到達するべき能力をもっていることを認識し、−−、人間的かつ人格的善としての威厳をそれに与える、科学の自由を擁護します」と述べた。(中略)

 科学と宗教との調和の問題、理性と信仰の問題、『聖書』解釈の問題の流れのなかから、ヨハネ・パウロ二世は、進化論の問題について、教皇としてさらに一歩進んだ見解を、教皇庁科学アカデミーへの書簡として提出した。この書簡のなかで教皇は、「回勅『フマニ・ゲネリス』発表後ほとんど半世紀経過した今日、新しい知識のおかげで、進化論は一個の仮説以上のものであるという認識に達しました。この理論が、知識の種々の分野における一連の発見に従って、研究者によって漸進的に受け入れられていることは、実際に注目に値します」と述べた。(後略)


この概観を見る限りでは、カトリック教会は、元々進化論に対しそれほど反対の立場を取っていなかったし、現在も基本的に科学、そして進化論を認めているということになります。進化論を認めなかったり、インテリジェント・デザイン説を主張するのは、多分主にアメリカのファンダメンタリストなのでしょう。彼らは、カトリックではなく、プロテスタント系の人々です。アメリカのファンダメンタリストは、単一の宗派ではなく、プロテスタント系の様々な宗派にまたがっているはずです。プロテスタント系の宗派は、元々個人主義が強く、宗派の数がやたらと多いし、確固とした教団組織を持たない宗派も多いし、一つの宗派の中でも幾つも団体が分かれていたりするなど、統一的な把握は不可能だと言えます。(チャーチとセクトの関係については「この記事」を参照)

宗教と科学の関係をどう考えるかも、宗派、あるいは信徒個々人によって全然違うので、たとえばプロテスタント系宗派のファンダメンタリストの特徴を、同宗派内の穏健派やそれ以外のキリスト教の宗派、あるいは他の宗教にまで般化させてしまうと、色々誤解も起きようかと思います。