ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

バーバラ・エーレンライク『ニッケル・アンド・ダイムド アメリカ下流社会の現実』

バーバラ・エーレンライク、曽田和子訳『ニッケル・アンド・ダイムド アメリ下流社会の現実』東洋経済新報社、2006年 を読みました。以下は、この本に関する私的なメモです。

先ず、全体的な感想としては、アメリカの貧困層の生活は想像以上に酷いと言うことでした。低賃金であるため働いているのに困窮するというのは日本も同じですが、アメリカでは日本よりも仕事を見つけるのも採用されるのも大変だし、企業の労働管理が厳しいので仕事もきつく、住宅条件が悪いために、ワーキングプアを取り巻く状況はより一層厳しいようです。


仕事を見つけるのが大変

職に就くために尿検査と性格検査を受けなければならない

  • 大企業の81%が採用前の薬物検査を義務づけている。p. 25.
  • 検査をしても欠勤や事故や労働移動は減らず、逆に生産性が低下していた。エーレンライクは、検査の持つ屈辱効果が雇用主にとって魅力的なのではないかと推測している。p. 173.
  • 薬物検査のくぐりぬける方法を教えるサイトがある。p. 173.
  • メイドサービス企業では「アキュトラック性格検査」が行われる。p. 84.
  • ウォルマートの性格検査では、犯罪に対する反対や規則の遵守に少しでも反する回答をすると「間違い」だと見なされる。p. 168.

時給が安い。だいたい6〜7ドル

  • キーウエストのレストランのウェイトレスは時給2ドル43セントにチップを足した額。チップを含めて最低賃金5ドル15セントを下回る場合には足りない額が補填されねばならないが、雇用する側がこれを説明することはないという。p. 26-27.
  • メイン州ポートランドのメイドサービス会社は時給6ドル65セント。p. 86.
  • ミネソタ州のウォールマートが時給7ドル。p. 198.
  • エーレンライクによれば人手不足の街でも時給は上がらない。時給が労働力の需給バランスで決まっていない。p. 85, 266, 269

満足に食べるお金がない

  • メイドサービスのロザリーは、ランチが辛口のドリトスだけ。家には食べるものが何もない。ソーダを買う89セントも持っていない。p. 108.
  • 1999年マサチューセッツ州の食糧配給所が前年の配給量が72%増加と報告。アメリカ全土の食糧銀行が、必要な食糧の爆発的な増加に対応できない。緊急の食糧援助を求めている大人たちの67%が仕事を持っている。p. 287-288.


このように低賃金であるにもかかわらず、仕事は全く楽ではないようです。また、別に低賃金労働者は怠けているわけではなく、自分の仕事に誇りを持ち、仕事を通じて社会的に承認されたいと思っているようです。また、アメリカの客はかなりろくでもないようです。

単純労働は、単純ではない

  • どんな仕事でも本当に単純なことはなく、どれも集中力を必要とするものだった。p. 256.

What shocked you most?
Two things: One, the totalitarian nature of so many low-wage workplaces. On two jobs, for example, there was a rule against talking with your fellow employees. The other major surprise to me was that the jobs were all mentally as well as physically challenging – and I have a Ph.D. in biology. I struggled to learn the computer ordering systems in restaurants, to memorize the names and dietary restrictions of 30 Alzheimer’s patients, and, at Wal-Mart, to memorize the exact locations of all the items in ladies’ wear – which would then be rotated every few days, no doubt to convince me that I had Alzheimer’s.

Nickel and Dimed: The FAQ’s

仕事中に休めない。仕事も休めない

  • ファミレスのジェリーズには休憩室がない。休憩時間もないので6〜8時間誰も座らない。p. 46. タバコを吸うときや、トイレに行くときは、会社側にバレないように他のみんなが助けた。1998年4月までトイレ休憩の権利はなかった。p. 55.
  • メイドサービスでは、病気や怪我でも、「負けずに頑張る」ことが求められた。p. 120. 仕事中は手も洗えない。p. 121. ホリーは怪我をしても、そのまま我慢して働いた。p. 150.
  • ウォルマートでは、「時間泥棒」が問題にされた。p. 209. 休憩に行くときもタイムレコーダーを押さなければならない。p. 217.
  • 労働者同士のおしゃべりが規則によって禁じられる。p. 176.

仕事で身体を壊す

  • ホテルの客室清掃員カーリーは関節が痛んでいる。p. 64.
  • メイドサービスでは皆身体を壊している。ロリとポーリーンは腰痛持ち。へレンは片足を引いている。マージは関節炎。マージの代わりの女性は肩関節の筋を痛めた。鎮痛剤を使って何とかやり過ごす。p. 122. エーレンライクも発疹が出た。

仕事を通じて社会的承認を得たいと思っている

  • メイドサービスで働く労働者は社会的に蔑まれ、社会的承認が得られないので、上司のテッドに認められようと必死になるのではないかと、エーレンライクは推測している。p. 159.
  • みんな自分の仕事に誇りを持っている。ウェイトレスも、ハウスクリーニングの女性たちも、小売業の店員も、自分たちの仕事をきちんとやることに情熱を燃やし、それが達成されないことを嫌った。p. 280.

客のマナーが劣悪で横柄

  • ファミレスでやたらと細かい条件を付けて注文し、気に入らないと突っ返される。ある女性は、ナゲットとパンケーキやソーセージスペシャルといっしょに食べられない、前菜を食べ終わるまで他の料理を全部下げろと命令。別の客は、持って行った料理を冷たすぎると言い拒絶。p. 68-69.
  • メイドサービスを使う客は、メイドが四つん這いで床を拭くことを望む。p. 115. テープレコーダーやビデオで監視する客もいる。p. 126-127.
  • ウォルマートの婦人服売場で、客たちは服を少し見てはどこにでも放り出す。p. 234.


貧困層にとって最も大きな困難は手頃な住宅を見つけることのようです。驚くことにアメリカの賃貸住宅事情は、日本よりも遙かに劣悪であるようです。

家賃が高い。最低で500ドル以上。貧困層の多くは、まともな部屋に住めない

  • キーウエストではワンルームの家が月500ドル。p. 21.
  • ファミレスのハースサイドの従業員は、トレーラーハウスや船、ヴァン、モーテルなどに住んでいる。たいてい家族や恋人、配偶者、友人といっしょに住んでいる。p. 39-40.
  • 一日40〜60ドルと割高なモーテルに住むのは、まともったお金を持っておらず、アパートのための初期費用を出せないから。p. 41.
  • ポートランドでは月1000ドル以上の高級アパートばかり。安アパートでもワンルームで最低500ドル。p. 78.
  • メイドサービスで働く人々のほとんどは、近親者を含む複合家族、あるいはハウスメイトも混ざった複合家族と暮らしていた。p. 109.
  • ミネアポリスでも1000ドル以上の物件ばかり。手頃な値段の部屋は一割程度。p. 185. エーレンライクは割高のモーテルに住んでいた。貧困層がモーテル一部屋に複数人住んでいる。
  • 手頃なアパートメントは減少している。1997年には低所得家庭100に対し手頃な賃貸物件は36件。p. 187
  • 賃貸住宅に住む貧困層の59%にあたる440万世帯が、収入の50%以上を住居費に当てている。p. 225.
  • 経済が上向くと賃貸料が上がるので低所得層は住み難くなる。p. 228.
  • 1960年代初めには食費が家族の生活費の24%、住居費は29%を占めた。しかし、1990年になると、食費は家族の生活費の16%になり、住居費は37%に跳ね上がった。p. 265.


しかし、貧困支援グループは余り役には立たないそうです。

貧困支援グループは余り役に立たない

  • ポートランドの支援センターに食糧や現金がすぐに必要だと電話で述べると、何故仕事をしているのに金がないのかと責められた。あちこちに電話してようやく食券を受け取ることが出来た。p. 140-141.
  • ミネアポリスの地域緊急支援プログラムでは、住居の支援は情報の古いアパートのリストを見せられるだけ、お菓子やハム缶などの食糧をもらえるだけ。p. 230-231.


アメリカの現在が日本の未来を予告しているかもしれないことを考えると暗澹とした気分になりますね。この数十年アメリカでは高所得者の所得は伸びていますが、低所得者の所得は減少を続けています。アメリカやイギリス、あるいは日本では経済成長はパレート最適を保証せず、社会の様々な局面において階級対立的な状況が生じていると言えるように思います。このような状況を放置し続けた場合、いずれ国民国家や社会の一体性を保てるかどうかという問題が生じざるを得ないように思うのですが、いかがでしょうか。




ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実