ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

ルーサー・ブリセット『Q』リンク集


今年日本で邦訳された『Q』は、イタリアの匿名集団が無名のサッカー選手の名前を使って書いた長編歴史小説だ。イタリアでは1999年に出版され、ヨーロッパ中で100万部を超えるベストセラーになったそうだ。この小説の舞台は16世紀の宗教改革に揺れるヨーロッパだ。ドイツ農民戦争ミュンスター再洗礼派運動、そしてイタリアの宗教改革と、1520年代から50年代、南ドイツ、北ドイツ、低地地方、イタリアを股にかけた長きにわたる戦いを描いている。

この作品のメインストーリーは、農民戦争やミュンスター再洗礼派運動などに参加し、権力に立ち向かっては敗北を繰り返す無名の主人公と、権力側に立ち陰謀によって反乱を人知れず崩壊させてきた「Q」という男の戦いだ。この二人はお互いを敵だと認識しないまま、農民戦争やミュンスター再洗礼派運動に参加したが、イタリアでついにお互いの存在に気がつき、対決することになる。

この作品は表面的には歴史物であり、実在の人物や出来事も数多く登場するし、描写のディテールが凄く、大変生々しくリアリティーのある作品に仕上がっている。しかし、主人公とライバルがどちらも匿名であることから明らかなように、『Q』は、史実を描いた歴史小説というよりは、権力と反権力の戦いをかなり図式的に描いた抽象性の高い作品だと言えるだろう。抽象性の高い内容が、緻密な細密描写によって描かれているために、作品の内容にリアリティーと説得力が与えられているように思う。

作品の時代が、自分の専門と重なっていることもあり、ほんの少しだけ翻訳のお手伝いをさせていただいた。正直農民戦争とミュンスター再洗礼派運動を描いた第一部と第二部は読んでいて少し冗長な感じがしたが、第三部のイタリア編の主人公とQの知略を尽くした攻防戦は息もつかせぬ面白さで、最後まで夢中で読んでしまった。

この小説が出版された後、日本でも書評や紹介などが色々出たので、個人的なメモとしてまとめておく。

薔薇の名前』『ダ・ヴィンチ・コード』+〈007〉
イタリア本国で24万部! 全世界で100万部突破!
イタリア最高の文学賞であるストレーガ賞最終候補!

裏切られ、欺かれてなお、常に虐げられた民衆と共に巨大権力に闘いを挑む、名前を持たぬ主人公。その不屈の精神と闘志に、誰もが共感する。

そんな具合に舞台はめまぐるしく移動し、登場人物は入れ替わるが、全編に一貫して通じることがひとつある。主人公は、常に浮かばれない民衆と共に、巨大な権力と闘って、そして必ず負けるのだ。立ち上がって、闘って、負けて、追われて、逃げて、また闘う。敵は、幽霊のように実体は見えないながら巨大で、それでも闘わずにはいられない状況が目の前にあれば、彼は立ち上がって、闘って、負けて、追われて、逃げて、そしてまた闘うのである。この主人公は名前を持たないが、それを、この物語を読む人もまた誰もが主人公のようになりうる、いやむしろ「主人公のようにあれ!」というメッセージと読むのは深読みが過ぎるだろうか。けれども、巨大な権力が下々の者たちに不条理を強いるのは、なにも十六世紀の欧州に限ったことではない。現在のイタリアにも、そして日本にも、同じような構図は山ほどあるのだから。

事実、作者は、この物語を、68年パリの5月革命を機にヨーロッパを席捲(せっけん)し急速に萎んだ変革の希望と、その反動として台頭した新自由主義など反ユートピア思想、両者の寓意(ぐうい)と見立てることで、いまを「生き延びるための教本」として、読者に届けたかったと述懐している。

 農民蜂起の惨劇は、いまなお、どこにでも繰り返されると考える作者のことだ、読者には、この歴史奇譚(きたん)『Q』から、それを回避する術(すべ)をさぐってほしい……そう願っているにちがいない。

カトリック支配からの自由を求める情熱と、反乱の蹉跌(さてつ)、政治を左右する経済……。緻密な絵画のように紡がれた物語の中に、架空の2人の男を溶かし込んだ手腕は鮮やかだ。2段組み上下計600ページを超すこの大作を、日本に紹介した訳業にも拍手を送りたい。

圧制、抵抗運動、弾圧、民衆蜂起、束の間の解放、武力鎮圧・虐殺・あるいは自滅。
……こういった一連の流れの繰り返しを読むと、現在におけるシリアやエジプトの情勢が頭のなかに去来する。何か抗えない普遍的な構造があるようにも思えてしまって。

でも、より大きな歴史として見れば、宗教改革と農民戦争の上に現在のヨーロッパは築かれているわけであって、まったくの無駄に終わったわけでもない。

結末については触れない。しかしこれだけ長大で、しかも前半では二つの理想郷の壊滅という暗澹たる物語が語られると聞いて、読む前から恐れをなしてしまう読者のために一言だけ付け加えておく。読後感は悪くない。そして読み終えたら直ちに再読したいという思いに駆られるだろう。(…)

本書は長大であるだけでなく、キリスト教や様々の言語についての知識を必要とする内容である。翻訳は大変な作業であっただろうと推測されるが訳文はこなれており、読みやすい。翻訳者の労を多としたい。

In 1994, hundreds of European artists, activists and pranksters adopted and shared the same identity.
They all called themselves Luther Blissett and set to raising hell in the cultural industry. It was a five year plan.
They worked together to tell the world a great story, create a legend, give birth to a new kind of folk hero.

In January 2000, some of them regrouped as Wu Ming.
The latter project, albeit more focused on literature and storytelling in the narrowest sense of the word, is no less radical than the old one.

レディオヘッドトム・ヨークが『Q』を読んでおり、映画化したいと述べていたそうだ。

(...) Thom's reading Q by mysterious Italian anarchist group Luther Blisset. I tried to read that once, I tell him. 'Oh it's fucking ace! But my missus, that's her specialist field, so she's been explaining it to me all the way through. Medieval church carnage. It's mental. I want to get it made into a film. That's my next mission.'

Using the In Rainbows profits?

'Mmm-mm,' says Thom Yorke, shaking his head. 'I doubt it. That would cover basically the catering.'

再洗礼派の歴史研究から見た『Q』

再洗礼派のオンライン辞典GAMEOの記事。

Wu Ming公式サイトの書評集。


これからも、見つけたらぼちぼちリンクを拡充するつもり。