ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

『キング・フォー・バーニング』のキャラクターたち

ミュンスター再洗礼派を描いたドラマ『キング・フォー・バーニング』には、実在した人物も出てきますが、彼らは、実際の人物とは、かなりかけ離れたキャラクターとして描かれています。今回は、ドラマのキャラクターと実際の人物が、どのように違うかに着いて書いてみます。

ヤン・ファン・ライデン

このドラマの主役にして、ミュンスターの王ですが、ドラマの中では、元々大道芸人、娼館の主人で、己の野心と欲望を満たすため預言者を騙り、周囲の人々を騙していくペテン師として描かれていますが、実際には彼はオランダのライデンで仕立屋を営む手工業者でした。

ヤン・ファン・ライデンが娼館の主人だったという設定がどこから来たのか分かりませんが、おそらくドラマ製作者の想像だと思います。もしかすると、当時流布していた新聞などに、彼が売春宿の主人だなどと誹謗する記述があったのかもしれませんが、私はそのような記述の存在を知りません。

このドラマで、ヤン・ファン・ライデンは、神やお上を全く敬おうとしない、ひねくれ者のように描かれていますが、当然の事ながら、実際のヤン・ファン・ライデンは、信仰に生きた敬虔な人物だと言って良いだろうと思います。

このドラマのヤン・ファン・ライデン像は、実は16世紀以来、綿々と続く伝統的な見方に連なるものですが、それについては次回書こうと思います。

セバスチアン

主人公の親友だった心優しき大道芸人ですが、彼は架空のキャラクターで、彼の元になった人物もいないと思います。彼は、ヤン・ファン・ライデンと仲間だったということで、オランダ人です。そのため、彼が最初に登場した場面では、少しオランダ語を話しています。

エンゲレ

セバスチアンに助けられ、ヤン・ファン・ライデンを敬愛する再洗礼派女性である彼女も、オリジナルキャラクターです。彼女は、このドラマの中で、ヤン・ファン・ライデンの妻になりますが、実は、実際に彼の妻の一人にエンゲレという女性がいました。その女性は、Engele Kerkerinck (エンゲレ・ケルケリンク)と言います。多分、エンゲレという名前は、彼女から採ったのでしょう。

ただ、ドラマのエンゲレは、ミュンスター外からやって来ましたが、実際のエンゲレは、ミュンスター女性です。このケルケリンク家は、ミュンスターの都市貴族の一家で、当然名門一族です。彼女は、その親族か、ケルケリンク家で働いていた女中だと推測されています。いずれにせよ、名前が同じでも、両者の性格は全く違うと言えます。

ヤン・マティス

ドラマでは、病弱で、気弱な預言者のように描かれていますが、実際には彼は、預言者として台頭するときに、彼を疑う者達に、恐ろしい呪詛の言葉を浴びせ、屈服させた程の恐ろしい激情家です。

ちなみに、ドラマでは、自分を批判した鍛冶屋を槍で突くことが出来ない小心者に描かれていますが、実際には、彼は自分を批判した鍛冶屋を銃で撃って殺しています。

ディバーラ

ヤン・マティスの妻ディバーラは、ドラマでは、計算高い熟年の女性として描かれていますが、実際には、まだ若い女性でした。ただ、ヤン・マティスの死後、彼女が、ヤン・ファン・ライデンの妻になったのは事実です。

ドラマでは、弱々しいヤン・マティスではなく、若いヤン・ファン・ライデンと逢瀬を楽しむ好色な女性として描かれていました。しかし、実際の彼女は、信仰のために危険を顧みず、家を飛び出し、ヤン・マティスに着いて行った敬虔な再洗礼派であり、当然倫理的には非常に厳格な考え方を持っていたはずです。(再洗礼派は一般的に倫理的に極度に厳格であり、ミュンスターでは、姦淫するだけで下手すれば処刑されました)その彼女が、夫以外の男と姦淫するなんて事は、思いもつかなかったことでしょう。

クニッパードルリンク

ドラマでは、ミュンスターの市長として、ヤン・ファン・ライデンに振り回される、苦悩の市長、そして父親として描かれていましたが、実際には、彼は最初から最後まで一貫して再洗礼派の指導者であり、当然ヤン・ファン・ライデンとは常に密接な協力関係にありました。

また、このドラマでのクニッパードルリンクは、非常に威厳のある立派な市長という感じで描かれていましたが、実際の彼は、頻繁に霊に憑かれ、異常な言動や行動を繰り返す、非常にエキセントリックな人物でした。

クラリッサ

市長クニッパードルリンクの娘で、カトリックを堅持したため、ヤン・ファン・ライデンによって火刑に処された彼女も、オリジナルのキャラクターです。王の妻に、クニッパードルリンクの娘Anna とClara がいるので、もしかするとこのクララから名前を取ったのかもしれません。ただ、当然の事ながら、彼女は処刑などされていません。そもそも、いくらヤン・ファン・ライデンミュンスターの王だったとは言え、同様に最高指導者の一人だったクニッパードルリンクの娘を処刑できるはずがありません。

ちなみに、クラリッサの処刑シーンは、おそらく王の妻エリザベス・ヴァントシェーラーの処刑をモデルにしていると思われます。彼女が、飢餓の惨禍が極まった時期に、王の下を去り、市外に逃げることを許してほしいと頼んだところ、不服従の罪で、王によって首をはねられたという話です。ただ、エリザベスの処刑が行われたとされる1535年6月12日より以前に、王の妻はディバーラを除いて、全員王の宮廷から追い出されていたようなので、実際に処刑が行われたわけではなく、単なる噂だった可能性が高いです。


このように、このドラマのキャラクターは、実在の人物とは、かなり違う性格で描かれていました。しかも、再洗礼派に対して、かなり悪意あるような改変のされ方をしていました。このような再洗礼派に対する見方は、16世紀以来のもので、製作者が旧来の再洗礼派観に基づいてドラマを構想したことが分かります。