ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

全力は尽くしたが、しかし・・・・

こうして、原稿を書き終わり、パワーポイントのファイルを作り終えれば、もう仕事の大半は終わったようなものだということは分かっていたので、講演当日は、わりと気楽な気分でした。前日に原稿をチェックしてくれた友達も、内容は良いと言ってくれたので、お世辞が混じっているにせよ、恥をかくほど酷いことはないだろうと思うことが出来ました。

また、当日私の発表の前に、広島平和記念資料館からお借りした「ヒロシマ、母たちの祈り」というDVD の一部を流すことになっていたので、映像の力で、聴衆に原爆の破壊がどのようなものだったかを直感的に理解させることが出来ると思っていました。また、本番を想定して、DVD やパワーポイントの操作、そして原稿の読み上げも入念に予行演習しました。そのため、準備したことがきちんとできれば、少なくとも悪い発表にはならないということには自信があったので、始まる前から勝ちが決まった試合に赴くような気分でした。やはり、入念な準備に基づく根拠のある自信というのは、良いパフォーマンスに凄く重要なことだと、今回の件で、つくづく思い知らされました。

結局、主催者の稚拙な不手際のせいで、講演会の準備を非常にわずかな時間でやらざるを得ず、私も思ったような準備が直前にできず、かなり焦った状態で本番を迎えざるを得なかったのは誤算でした。私は最初の発表だったので、バタバタしたまま、発表になだれ込むことになりました。そのため、原稿の読み上げは、ところどころ不明瞭になるなど、思ったより良くない出来でした。ただ、パワーポイントの操作は、一つのミスもなく、全体の流れは完璧だったので、総合的に言えば、十分自分のベストは尽くせたと思います。

自分の出番が終わった後は、正直私は他の人の発表を聞く気もなく、ひたすらだらけていました。第一部が終わり、休憩に入ったとき、わざわざ見に来てくれた友人たちが、良かったと感想を言ってくれました。また、他の人たちたちからも話しかけられ、一様に良かったと言ってもらえました。もちろん、このような状況で、酷い発表だったと言われるわけがないので、お世辞も半分入っていたのでしょうが、少なくとも悪くはない発表はできたと思ったので、ホッとすると同時に、若干嬉しかったです。特に、この日ピアノを弾いてくれた女の子は、分かりやすかったし、感動したと真剣な面もちで詳しく感想を言ってくれたので、本気で言ってくれているのだと思い、素直に嬉しく感じました。

その翌日、ある韓国人の友達から、良く準備したのは分かるし、上手く構成されていたが、素っ気なかったと歯にものを着せぬ感想をもらい、もう一人図書館で突然話しかけてきた学生からは、他の発表者と違って、今まで知らなかった情報を知ることが出来たので良かったと言われました。今後、他の友達からも、もっと詳細な感想を聞くつもりですが、とりあえず、今までの感想を聞く限りでは、自分の目的はきちんと果たせたようなので安心しました。ただ、発音のおかしさについては、何人かに指摘されたので、これは今後の課題としなければなりません。

ただ、私の発表は上手く行ったにせよ、我々の講演会は、全体的に言えば、少なくとも私の目から見れば、酷いと評価せざるを得ないものでした。9人も発表者を呼び、7時から11時まで4時間続くという当初の計画自体が正気の沙汰とは思えないし、しかもそのただでさえ長い講演会が、さらに間延びして、夜中の12時半まで続くというのは、ほとんど拷問に近いと言えます。しかし、そのような拷問が、冗談ではなく現実に行われたというのが、昨日の我々の講演会でした。

主催者のいい加減さ、無計画さ、聴衆に対する配慮と敬意の絶対的欠如、マスコミに対する広報にはやたら積極的なくせに、講演会そのものの内容を充実させようという意気込みが見られない態度など、私は本当に失望しました。特に、今日主催者に電話を掛け、多すぎる発表者、そして長すぎる講演について、もっと聞く人のことを考えて計画すべきだったと非難したところ、彼の口から、そもそも当日何人来るか分からなかったし、会場に来る聴衆のことはどうでも良かった、講演を当日ビデオ撮りして、後でテレビ局で流すことになっていたので、何時間続こうが知ったことではなかったという言葉を聞いたときは、さすがの私も完全にブチ切れ、あきれ果てました。これほど腹が立ったのは、いったい何時以来なのか記憶にないほど、腸が煮えくり返りました。

全体を通じて本当に腹が立つのが、彼らが、自分たちの主張を押しつけること、広げることにはやたらと熱心なくせに、自分たちがやっていることを、他人がどのように感じるかということに全く無関心なことです。どうやったら自分たちの主張が、他の人たちに理解されるのかと言うことを全く考えていないので、あさっての方向に向かって、しない方が良いような努力ばかりして、肝心な部分が疎かになってしまうわけです。私は、彼の言葉を聞いて、そもそも、わざわざ会場まで足を運んでくれる聴衆に対する配慮や敬意のなかった講演会なのだから、ああなるのも当然だと思いました。

しかし、講演会そのものは酷かったにせよ、私とピアノを弾いてくれた女の子の日本人コンビは、劣悪な状況の中でベストを尽くし、良くやったと思います。彼女も事前に会場のピアノを使えるかどうか分からないと言われ、下手をすれば、それまで必死で練習してきた結果が水の泡になりかねないところだったので、会場入りしたときはこちらがたじろぐような凄い剣幕でした。しかし、結局ピアノが使えることになったので、怒ったら良い演奏ができなくなると精神状態を切り替え、本番では見事な演奏を聴かせてくれました。

二人とも、講演会が始まる前から、主催者の余りのいい加減な態度に憤りと徒労感を感じていたのですが、それでも約束したことは守る、引き受けた責任は全うする、厳しい状況の中でも全力を尽くすという、日本人の美徳を発揮し、良いパフォーマンスを見せたと思います。ただ、そのような美徳は、そのような美徳を持たない人々にとっては、実質的には単なる搾取の対象でしかありません。だからこそ、我々は、余計に腹が立つわけです。

それでも、わざわざ講演会までご足労頂いた聴衆の方々には罪はないので、できるだけ良いパフォーマンスを見せたいですし、パフォーマンスの出来は今後の自分に対する評価、また自らの自尊心に関わることなので、やはり全力を尽くさないわけにはいきません。この日の講演会で、日本人の評価は、上がることはあっても、下がることはなかったと言うことは、確信が出来ます。講演会自体はともかく、我々は来てくれた方々に対して、恥ずかしくないパフォーマンスをすることができたと思います。

文中にやたらと自画自賛が出てきて辟易されている方もいらっしゃると存じますが、正直現在の私は、抑えることのできない怒りと徒労感で一杯であり、せめて、他人から誉めてもらうとか、自分で自分を誉めることでもしないと、どうにもやり切れない気分です。しかし、彼らのために無駄に力を尽くしたことは癪に触りますが、被爆者の方々のことを、限られた時間の中であるにせよドイツできちんと伝えることができたという、それだけを心の慰めにし、失った貴重な時間は無駄ではなかったと思いこむより他ありません。