ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

日本西洋史学会第56回大会二日目

学会の二日目は、二つの小シンポジウムと、時代毎の部会に分かれて行われる様々な発表が行われます。私は、色々な発表を渡り歩き、終日発表を聞いていました。

先ず最初に訪れたのは、小シンポジウム「地域概念としてのヨーロッパ」です。東京外語大の千葉敏之先生の「オットー朝下におけるローマ帝国の復興とスクラヴァニア−中世における「ヨーロッパ」とは何か−」を途中まで聞きました。

しかし、自分にとってのこの日のメインイベントは、ICU の早川朝子さんの「アウクスブルクの再洗礼派に与した人々−租税台帳から探る−」です。この日の発表は、早川さんが提出したばかりの博士論文を要約したもののようでした。

早川さんの研究は、再洗礼派の審問記録、租税記録を駆使して、アウクスブルクの再洗礼派の姿に迫るというものです。その調査の結果は、非常に興味深いものでした。

一つの結論は、ハンス・フートの影響力は、実はアウクスブルクではほとんどなかったという事です。これはかなり驚くべきものです。というのは、従来ハンス・フートは、南ドイツに再洗礼主義を広めた、最も影響力の大きな指導者だと考えられていたからです。

しかし、この発表では、フートから洗礼を受けた者は非常にわずかで、大半の再洗礼派は、余所からやって来た他の説教師やアウクスブルクの指導者たちから洗礼を受けていたことを明らかにしています。

また、再洗礼派は余り組織化されておらず、必ずしも一枚岩ではなかったようです。

そして、最も興味深いのは、再洗礼派居住区の割り出しから、彼らの交流のあり方を探っていた部分です。どうも彼らは、居住地区毎に集会を持っており、お互いの住む市区をいったり来たりしていたわけではないようだということでした。また、織工が多かったと思われるフラウ外郭地区では、特に他の地区の再洗礼派と交流した様子がないようなので、居住区と織工という職業の関係も気になるところです。しかし、日常の人間関係や交流と、再洗礼派としての活動に相関関係が見られるというのは、非常に興味深い示唆です。

博士論文を元にした研究だけあって、非常に緻密で、周到な発表になっており、個人的に、かなり大きな刺激を受けました。発表が終わった後、しばらく早川さんと話をさせていただき、より細かな部分についても色々と教えていただくことが出来ました。個人的には、早川さんと知己を得ることができただけでも、来た甲斐があったものだと思いました。

しかし、前の発表が満杯の盛況だったにもかかわらず、また非常に優れた発表だったにもかかわらず、聴衆が大分少な目でした。やはり再洗礼派に興味を持つ人々は少ないようです。う〜む。

その後は、たまたま会った知人と、お昼を食べながら、しばらく歓談し、午後は再び発表を聞きました。

東京都立大の小沼昭生さんの「ドイツ中世後期の都市における公共建築と建築活動 15世紀レーゲンスブルクの「建築局会計簿」を中心に」は、市の公共建築の工事に際して、都市の建築局が計画を行っていたことを示唆するものでした。この発表もまた、かなり緻密な研究でした。

その後、中央大学の川原田知也さんの「聖霊と説教師−ジャック・ド・ヴィトリから見た13世紀前半における聖霊降臨祭説教のメッセージ」を聞きました。

私は説教研究というものを全く知らないので、内容を理解するのが難しかったのですが、13世紀の有名な説教師ジャック・ド・ヴィトリは先行研究で言われていたように、「炎の舌」という表現を用いて、威圧的に説教師の権威を強調することではなく、異端、異教徒を含めた全ての人々を一つにすることを目的として説教を行ったと主張したのだと理解しました。しかし、理解の正しさについては、余り自信がありません。

個人的には、次の機会には、異端への教化の必要性とヴィトリの説教の関係についての、もう少し突っ込んだ分析を聞いてみたいと思いました。

ちなみに、川原田さんの発表では、立ち見者も出るなど大盛況であり、発表に対する注目度の高さを感じさせました。

最後は、小シンポジウム「方法としてのジェンダー/セクシュアリティー」の質疑応答を聞きました。ジェンダーというテーマを扱うということで、やはり男女の権力関係というものが重視されていたように思います。初期キリスト教のテクラというものは、興味深そうだと思いました。

個人的には、フェミニズム的な視点から行う女性史研究については、かなり懐疑的なのですが、にもかかわらず、女性を扱う際には、やはりジェンダーという視点は無視することはできないとも思っています。ただ、実際に歴史学的な研究を行う場合は、かなり注意して使わないとならない視点であることも事実です。

今回のシンポジウムでは、特に方法に焦点を当てていたようですが、個人的には、実証的な歴史研究との接点を探るという視点が、余り見られなかったことは残念に感じました。個人的には、女性を研究対象として取り上げることには積極的に賛成ですし、自分でもやりたいのですが、一方では歴史学に政治性を持ち込むことに対して、かなり拒否感があるので、どうしてもこのようなシンポジウムの発表を聞くと、複雑な気分にならざるを得ません。

こうして、色々な発表を聞きましたが、日頃余り知らないテーマの研究にも触れることが出来、他の研究者の方々とも交流が出来たので、大変有意義な時間を過ごすことが出来たと思います。