ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

何故平塚の家の庭には祠があるのか?

平塚に海を見に行ってきた。ついでに、平塚八幡や八幡山公園に寄った後、平塚市立図書館に行ってきた。お目当ては、市立図書館3階の郷土資料コーナーだ。

何故平塚の郷土資料を見たかったかというと、平塚の個人宅にある小祠について知りたかったからだ。以前伊勢原から平塚へのバスに乗った時、敷地内に祠がある家が非常に多いことに気がついた。祠は基本的に個人の家の敷地内ではなく、道ばたにあるものだと思っていたので、かなり奇異に感じた。そのため、少し調べてみようと思ったのだ。

郷土資料コーナーの大半は行政関連の資料で、民俗関連の資料は少なかった。色々な資料をとりあえずめくってみると、わりとすぐにお目当ての記述を見つけることができた。何故なら、平塚市博物館が刊行した『平塚市民俗調査報告書』に、平塚の民俗に関する網羅的な記述があったためだ。
http://www.hirahaku.jp/kankoubutsu/sisi.html

平塚市史民俗調査報告書7―平塚(旧市域)―』平塚市博物館、1988年の「第5章 祭りと法要」を見ると、「屋敷地の一隅などに祀られている神を」屋敷神と呼び、平塚市内の屋敷神はほとんど稲荷神だということだ。(189頁)

平塚市内では稲荷信仰が盛んで、講集団の中でも稲荷講が多く、屋敷神として稲荷を祀っている家がきわめて多いのだそうだ。(185頁)

私が見た個人の敷地内にあった小祠は、稲荷を祀る屋敷神だったようだ。

後で検索を掛けて見ると、平塚市が出している「たわわ」という文化情報誌の80号にも(2011年)「ひらつかの年中行事〜初午の稲荷講〜」という記事があり、屋敷神や稲荷講について書いてあった。
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/bunka/tawawa10-11.htm#section8

2chにも「自宅の敷地にお稲荷さんを祀っている民家」というスレがあったらしく、平塚だけでなく各地の稲荷の屋敷神についての書き込みがされている。その中に、私が見た平塚の屋敷神に関する書き込みもあった。

「29:名無しさん@京都板じゃないよ[] 02/04/16 22:28

都区内でも探せば結構あるんじゃないかな。昔からの地主とかよくあるよ。
その代わりお稲荷さんが取り壊されて、その跡地が建て売り住宅に
なっているところも見かけるけど、あれは祟りとか問題ないんでしょうか。
自分だったらよう買わんと思う。

そうそう、平塚に行く用事があって伊勢原からバスに乗ったことが
あったけど、途中の民家にお稲荷さんかどうか分からないが
赤い鳥居をたてた屋敷神が次々と現れてくる一帯があったので
すごいなぁと思ったことがあったよ。

小田急線と東海道線の間に広がる大山を望む田園地帯の集落で、
そういうところには昔からのものが、まだまだ残っているものだと思いました。」

http://read2ch.net/kyoto/1018811340/

個人的には、日本の地域社会における「講」の社会的役割について関心がわいた。この講集団というゲノッセンシャフトは現代の地域社会の人々の紐帯を支える役割を果たしているのだろう。地域社会におけるゲノッセンシャフトに属する者と属さない者の関係は、私の重要な研究テーマなので、暇がある時にもっと掘り下げて調べてみたい。