宗派とデノミネーション
先週の10月3日に行われた第二回再洗礼派勉強会では、三人の報告者に報告をしていただきました。
山本大丙さんは、「17世紀後半のオランダ改革派:バルタザール・ベッカー」という報告で、世界の脱魔術化・近代化と近世オランダ改革派との関係を詳細に検討されていました。
高津美和さんは、「ルッカとヴォルト・サント−サンタ・クローチェの行列−」という報告で、イタリア・トスカーナ地方の都市ルッカで行われる行列について紹介して下さいました。
早川朝子さんは、「カウフボイレンの再洗礼派−先行研究紹介−」という報告で、アウクスブルク近郊の帝国都市カウフボイレンの再洗礼派を、アウクスブルクを中心とした再洗礼派ネットワークとの関連で採り上げていました。
個人的には、非常に勉強になり、刺激になると同時に、とても楽しく、自分の研究のモチベーションが上がるような勉強会だったと感じました。
この日、用語の用法で問題となったのが、キリスト教の様々なグループを呼ぶときに、「宗派=英:Confession、独:Konfession」と「教派=英/独:Denomination」という用語をいかに使い分けるべきかという問題です。この日は結局うやむやのまま議論が終わってしまったので、一度きっちりと用語の使い方を整理した方が良いと思い、少し調べてみました。
この二つの用語の違いを明らかにするために、先ず「教派:Denomination」の意味について見ていきます。先ずDenomination という用語は、元々宗教社会学上の教会組織類型から生まれたものです。ヴェーバーやトレルチは、キリスト教の組織を社会の主流派であるKirche(日:キルヘ/チャーチ、英:Church)と少数派であるSekte (日:ゼクテ/セクト、英:Sect)に分けました。この類型は、社会の主流派である教会と少数派グループが明確に分けられるヨーロッパの状況を説明するためのものでした。
しかし、アメリカでは、ヨーロッパのように主流派教会と少数派教会が明確に分けられない宗教状況があったため、H. リチャード・ニーバーが作った用語がDenomination (日:デノミネーション/教派、独:Denomination) です。
セクトは現在の社会状況に批判的な人々が信仰の原点に帰ろうとする非主流派の宗教集団だ。
アメリカに移民した初期の清教徒はセクト的な信仰をもつ人々であり、その後もアメリカにはそこでこそ宗教的理想を実現しようとしてセクトの人々が多数移り住んだ。しかし、やがてセクトのメンバーが安定した社会的地位を得るようになると、現在の社会のあり方に妥協的になっていく。アメリカではさまざまなチャーチやセクトが多数併存し、全体として主流派的地位を占めるようになる。そうした諸派をデノミネーション (教派) という。
トレルチやウェーバーの教団類型論を受けて、アメリカの神学者、H. リチャード・ニーバーは『アメリカ型キリスト教の社会的起源』(1929)で、アメリカの教団はチャーチでもセクトでもないデノミネーションという形態に落ち着く傾向があると論じた。
同書、216頁
このように教派/デノミネーションという用語は、元々ヨーロッパの状況に基づき作られたチャーチ、セクトというヴェーバーとトレルチの教会類型を前提にして、アメリカの状況に合わせて作られた用語だと言えます。
チャーチ、セクト、デノミネーションの類型については、私も以前井門不二夫さんの『カルトの諸相』を引用して紹介したことがあるので、そちらもご覧下さい。
http://d.hatena.ne.jp/saisenreiha/20070219/1171900055
そのため、ドイツ版Wikipediaの記述を見ると、Denomination は英語圏で良く用いられる用語であり、逆に言えばドイツでは余り使われない用語のようです。ドイツ語でキリスト教諸派を呼ぶ場合、宗派:Konfession、宗教共同体:Religionsgemeinschaft、信仰共同体:Glaubensgemeinschaft という用語が使われるようです。
Der Ausdruck ist von lat. nomen – „Name“ – und denominatio – „unterscheidende Benennung“ – abgeleitet und wird vorwiegend im englischen Sprachraum gebraucht.
Im deutschen Sprachgebrauch wird anstelle von Denomination auch Konfession oder Religionsgemeinschaft, Glaubensgemeinschaft verwendet.
次に、宗派:Konfession/Confession の意味を見ていきます。ドイツ語のKonfession は、『キリスト教用語独和小辞典』では、「教派、宗派」の意味があり、例として「die evangelische Konfession ; die kathorische Konfession」とあります。
上のWikipediaの記述でも分かるとおり、ドイツではキリスト教諸派を呼ぶとき、主にKonfession という用語を使うようです。
http://de.wikipedia.org/wiki/Christentum#Zusammenhalt.2C_Organisation_und_Richtungen
次に英語のConfessionの意味を見てみます。「The Oxford Dictionary of the Christian Church」*1では、「Confession」の項目2で特に16〜17世紀プロテスタント諸派の信仰告白を意味するとありますが、キリスト教諸派を示す表現としても使われると書かれています。"From this sense derives its use for a communion, or religious body."(p. 329)
リーダーズ英和辞典(第7版)にも、同一の信仰告白を有する宗派という意味があります。
ただし、これらの辞書でも宗教集団としての意味は小さな扱いしかされていません。Wikipediaでは、キリスト教諸派を扱う項目は、Confession ではなくDenomination になっています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Christian_denomination
以上見てきたように、「教派:Denomination」は、アメリカの状況を前提とした宗教社会学における教会組織類型の用語であり、「宗派:Konfession」は、宗教改革以降「信仰告白」に基づきキリスト教集団が作られた歴史的経緯を背景に持つ用語であると言えます。
そのため、二つの用語の使い分けは、以下のようにするべきではいかと思います。先ず、「教派」または「デノミネーション」という用語を使う場合は、チャーチやセクトという宗教社会学上の組織類型を念頭に置いて、チャーチとセクトを区別せずキリスト教諸派について述べる時だろうと思います。
「宗派」という用語を使う場合は、そのような組織類型を念頭に置かず、キリスト教諸派について述べる時だろうと思います。
ただし、日本語で「教派」という場合、必ずしも「デノミネーション」という意味ではなく、「宗派:Konfession」の意味で使われることも多いだろうと思います。宗教学や宗教社会学では、カタカナで「デノミネーション」という表記をすることも多いので、「教派」という用語を使う場合には、「デノミネーション」の意味なのか、「Konfession」の意味なのか気を付けた方が良いのではないかと思います。
*1:Cross, F. L.(ed.), The Oxford Dictionary of the Christian Church, Oxford 1957, 2nd. Ed. 1974