ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

スピリチュアル好きはどんな人か

アメリカでも日本でもスピリチュアルなものは社会の中でかなり広がっているが、それを愛好するのはどのような人々なのだろうか。

小池靖スピリチュアリティとセラピー文化」樫尾直樹編『文化と霊性』慶應義塾大学出版会、2012年、41頁 によれば、アメリカでの調査によると「宗教ではなくスピリチュアル」を主に探求している人々には、比較的高学歴だが収入はやや低く、友人などの社会的ネットワークが少なめという傾向があるそうだ。小池が参照している文献は Roof, Wade Clark, A generation of seekers: the spiritual journeys of the baby boom generation, 1993. なのでデータは古い。

では、日本ではどうか。日本では2008年に20歳〜59歳のインターネットユーザー 2,000人を対象として「癒しとスピリチュアルに関する調査」が行われている。調査を実施したのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)である。
http://www2.fgn.jp/mpac/_data/8/?d=200809_02

WEBサイトにも調査結果の概要がまとめられているが、より詳しい調査結果は、有元裕美子『スピリチュアル市場の研究』東洋経済新報社、2011年 で知ることができる。

この本の記述によれば、スピリチュアル系の商品やサービスを利用したことがあるのは、男性よりも女性の方が多く、女性の中でも20〜40代が多いとのこと。雇用形態を見ると派遣社員の利用が多いそうだ。ただし、年収は利用経験に影響を及ぼしていないとのこと。著者は派遣社員が多いのは、女性に派遣社員が多いせいでもあるだろうが、専業主婦の利用が多くないので、派遣社員の職場における不安定な立場が影響していることも考えると述べている。(150頁)

この本には詳しい調査結果が載っているので、スピリチュアルについて知るためには大変有用だと思う。

初期自己啓発本の背景にある世界観

やはり週末に休まないと疲れるようで、今日は疲れてだらっとしていた。ということで、午後はブック・オフと図書館に行き、初期の重要な自己啓発本を入手してきた。夕方に帰ってきてから、ペラペラめくっていた。

最初期の自己啓発本 S. スマイルズ著、竹内均訳『自助論』三笠書房・知的生きかた文庫、2002年(原著1858年)は、ざっと見た限りでは、自分が成功するためには努力や忍耐が必要だという心構えを説明した本であって、その背景に何か形而上的な世界観があるようには思われなかった。(冒頭には「天は自らを助くる者を助く」という格言が、「人間の数限りない経験から導き出された一つの真理」を示すものだと述べてはいるが。11頁)

しかし、その後に現れたニューソート系の自己啓発書では、人の思考こそが成功を導くという自己啓発成功哲学の基本的な考えの背景にある形而上的な世界観が明示されている。

1910年に出されたウォレス・ワトルズの『The Science of Getting Rich』(ウォレス・ワトルズ著、川島和正監訳『確実に金持ちになる「引き寄せの法則」』三笠書房・知的生きかた文庫、2008年)には、世界観を表す表現が冒頭からたくさん出てきている。
https://en.wikisource.org/wiki/The_Science_of_Getting_Rich

「この世界には、「金持ちになるための科学」というものが存在します。これは、算術や代数などと同じ、完璧な科学です。」(18頁)

彼は、「第4の秘密 金持ちになるための『基本原則』」という章で、以下のようなことを述べている。
「1 万物は、ただ1つの「思考する物質」が元となって造られている。この「物質」は原始の状態で、宇宙空間の隅々に満ちている
2 この「物質」の内部に抱かれた思考は、そのとおりの形を現実に生み出す。
3 人は、思考を「形のない物質」投影することで、造りたいと思っているものを現実に出現させられる。」(36-37頁)

宇宙は「思考する物質」でできているので、当然人間もその一部と言うことになる。「宇宙の万物を造り、万物に宿っている「知性のある物質」―つまり「神」は、あなたの中にも宿っています。」(42頁)

そのため、人間が思考したことがこの世界を造ることになる。そして、この世界での様々な出来事は、思考が生み出しているので、良いことも悪いことも人間の思考の結果と言うことになる。
「よくないことばかり考えるのは、自らをよくない状態にし、よくないものばかりを引き寄せることになるのです。
 逆に最高のものだけに目を向ければ、あなたは最高のものに囲まれ、最高の状態になっていくのです。
 私たちに内在する「創造力」は、私たちが常に注意を向けているイメージにわたしたちを導きます。
 私たち自身が、「思考する物質」であり、「思考する物質」は、常に自ら考えたものに形を変えるのです。」(65頁)

だからこそ、成功するためには、成功しようという意志を持つことが必要であり、そのような思考を持つための方法が17の秘密というかたちで説明されているのがワトルズの本である。

1917年に出版されたのが、チャールズ・F・ハアネルの『The Master Key System』である。(チャールズ・F・ハアネル著、管靖彦訳『ザ・マスター・キー』河出書房新社、2007年

ざっと見た感じでは、ハアネルの『ザ・マスター・キー』は、ビジネスでの成功だけでなく、思考をいかに使って様々な望む結果を手に入れるか、そしてその考えの背景にある世界観を説明した本のように思われる。

ハアネルもワトルス同様に、世界は一つの意識から成り、人間もまたその一部と見なしている。
「思考する「意識」は宇宙にたった一つしかなく、その意識が考える時、その思考は客観的なものになります。この意識はあまねく行き渡っているので、それぞれの個人の中にも当然存在しています。めいめいの個人は宇宙に偏在するこの全知全能の意識の顕現なのです。
 宇宙には「意識」はたった一つしかないので、必然的にあなたの意識は宇宙意識と同一だということです。言い換えれば、すべての心は一つなのです。この結論から逃れるすべはありません。」(26-27頁)

そのため、人間が思考したことは現実化することになる。良いことを意識すれば良いことが起こり、悪いことを思い浮かべれば悪いことが起こる。
「わたしたちの心の姿勢がパワー、勇気、親切心、共感といったもので彩られていれば、環境がそれらの思いに対応する状態を映し出すことに気づくでしょう。もし心がひ弱で批判的で、妬み深く、破壊的であるなら、、環境がそうした思いに対応する状態を映し出します。
 思考は原因、状態は結果です。ここに善悪の起源の説明があります。思考は創造的で、自動的にその対象と関わります。これが宇宙の法則、引き寄せの法則、原因と結果の法則です。」(130-131頁)

思考が様々な結果を生み出すために、自らの望む結果を生み出すために自らの思考を制御する必要があることになる。そして、『ザ・マスター・キー』では、そのような思考操作のやり方が24回にわたり説明されている。

このように20世紀初めに出版されたニューソート自己啓発書二冊の基本的な世界観はほぼ共通している。つまり、宇宙は一つの神・意識であり、人間もまたそのような意識の一部だという考えである。そして、人間の思考は現実化するために、自らの望みを現実化するには、ネガティブな思考を避け、ポジティブな思考を強く持つことが必要になる。そして、そのために自らの思考を操作する方法が説明されている。

このような基本構図は、ナポレオン・ヒル『思考は現実化する』などの後の自己啓発書にも引き継がれていった。そして、現在ではアメリカのみならず日本でも、しっかりと根を張っているように思われる。ただし、その過程で、心理操作法やポジティブシンキングという側面は残り、その背景にある世界観は余り意識されなくなっていったように思われる。とはいえ、現代の自己啓発書について調べたことがないので良く分からない。現代の自己啓発書の背後にある世界観も、ぼちぼち調べたいものである。

ニューソート・自己啓発と新新宗教、精神療法家と国家主義

以前「自己啓発ニューソート、スピリチュアル関連文献」をメモしたが、その後も少しずつ文献を読み進めている。
http://d.hatena.ne.jp/saisenreiha/20141002/1412266192

島薗進ポストモダン新宗教東京堂出版、2001年、48-52頁によれば、(新)新宗教の中には、ニューソート的な自分の心を操縦し、つねに明るく安定した状態に保とうという信仰を持つものがあるそうだ。古くは生長の家ひとのみち教団GLA幸福の科学白光真宏会阿含宗ワールドメイトオウム真理教。さらにほんぶしん、自然の泉、法の華三法行、ESP科学研究所。また「明るさ」の強調は、新霊性運動や自己啓発セミナーなどの現象とも符節を合わせているとされている。(52頁)

また吉本伊信が浄土宗系統の修行法から開発した「内観」という心理療法の技法が、ほんぶしんやGLA幸福の科学にも影響を与えているとのこと。(50頁)必ずしもニューソート系統からの影響だけではないようだ。


心理主義時代における宗教と心理療法の内在的関係に関する宗教哲学的研究』基盤研究(B) 研究課題番号:13410010  代表:岩田文昭(大阪教育大)
この科研費報告書で様々な心理療法と宗教の関わりについて検討されている。
http://www.maizuru-ct.ac.jp/human/yosinaga/shinri.html

科研費報告書中の吉永進一「民間精神療法書誌(明治・大正編)」は、日本の民間精神療法に対するニューソートクリスチャン・サイエンスなどの民間精神療法の影響が扱われている。膨大な書誌の紹介もある。必読。

欧米の心霊主義を日本に紹介した初期の代表人物が英学者の高橋五郎。彼は明治30年代以降心霊関係の本を次々に執筆し、多くの霊術家が彼の本を参照し、権威付けにも使ったとのこと。「民間精神療法書誌(明治・大正編)」150頁

高橋五郎『神秘哲学』(明治36年)などの著作は、近代デジタルライブラリで読める。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/752831


『宗教研究』で(近代日本の修養・精神療法・新宗教における身体論と国家論,パネル,<特集>第73回学術大会紀要)が紹介されていた。
http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E6%96%B0%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E8%BA%AB%E4%BD%93%E8%AB%96&range=0&count=20&sortorder=1&type=0

このパネルの問題関心は、戦前の精神療法家は何故国家主義に向かうのか、逆になぜ国家主義者は健康法や代替医療を好むかという両者の親和性についてだそうだ。両者のつながりは、片山杜秀『近代日本の右翼思想』までほとんど扱われてこなかったそうだ。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110009933283

世界の宗教・キリスト教関連統計

  • 世界の宗教(2010年)

2010年の宗教の信徒数が大陸別、全世界合計でリストになっている、各宗教の信徒が世界人口に占めるパーセンテージも分かる。
Religion: Year In Review 2010, Worldwide Adherents of All Religions(Encyclopædia Britannica)
http://www.britannica.com/topic/religion-Year-In-Review-2010/Worldwide-Adherents-of-All-Religions

  • 各国の宗教

国毎の宗教の勢力が分かるリスト。例えばアフガニスタンなら(Sunni Muslim 80%, Shia Muslim 19%, other 1%)
The World Factbook(CIA)
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/fields/2122.html#198

ピューリサーチセンターによる、キリスト教徒の人口に関する概観。各地域のキリスト教徒が全キリスト教徒に占める割合を見ると、北米が12.3%、ラテンアメリカが24.4%、ヨーロッパが25.7%、サハラ以南のアフリカが23.8%、中東と北アフリカが0.6%、アジア・太平洋が13.2%になっている。数を見ると、キリスト教はもはや西洋の宗教ではないことが分かる。
December 18, 2012, The Global Religious Landscape, Christians(Pew Research Center Religion & Public Life)
http://www.pewforum.org/2012/12/18/global-religious-landscape-christians/

キリスト教徒、カトリックプロテスタント、正教徒、その他のキリスト教徒の数の国別リスト。
Table: Christian Population in Numbers by Country(Pew Research Center Religion & Public Life)
http://www.pewforum.org/2011/12/19/table-christian-population-in-numbers-by-country/

  • 各国の教勢(2010年)

各国の全キリスト教徒に占めるカトリックプロテスタント、正教徒、その他のキリスト教徒のパーセンテージのリスト。
Table: Christian Population as Percentages of All Christians by Country(Pew Research Center Religion & Public Life)
http://www.pewforum.org/2011/12/19/table-christian-population-as-percentages-of-all-christians-by-country/

各国の人口に占めるキリスト教徒のパーセンテージ。全キリスト教徒、カトリックプロテスタント、正教徒、その他のキリスト教徒の割合も分かる。
Table: Christian Population as Percentages of Total Population by Country(Pew Research Center Religion & Public Life)
http://www.pewforum.org/2011/12/19/table-christian-population-as-percentages-of-total-population-by-country/

初期日本の宗教改革関連文献

踊共二氏の報告“Reformation Studies in Japan: Past and Present”(「日本の宗教改革研究:過去と現在」)では、初期の日本の宗教改革研究が紹介されていた。

日本最初のルターの伝記は、1876年に中村正直がはじめて書いたそうだ。

1909年に日本で最初の宗教改革に関する研究書が出た。村田勤の『宗教改革史』だ。この本ではドイツ、スカンジナヴィア、スイス、フランス、オランダ、スコットランドイングランド宗教改革に対抗宗教改革、さらには再洗礼派も紹介しているそうだ。この本は、近代デジタルライブラリーGoogle Booksで読むことができる。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/824518
https://books.google.co.jp/books?id=C6nwjeXWq-cC&printsec=frontcover&dq=inauthor:%22%E6%9D%91%E7%94%B0%E5%8B%A4%22&hl=ja&sa=X&ei=L9OXVdmqD4iA8gWw1YLoCg&ved=0CCYQ6AEwAQ#v=onepage&q&f=false

日本の初期宗教改革研究については、徳善和義「日本におけるルター研究」『日本の神学』 (6), 75-81, 1967 に詳しい。日本初の中村正直によるルターの伝記は文芸社文芸雑誌第四号に掲載された数頁の記事だそうだ。1888年には加藤覚の『まるてん るーてる伝』、1901年には村田勤『ルーテル伝』が出ている。内村鑑三も「聖書の研究」に「ルーテル伝講話」を連載したそうだ。
http://ci.nii.ac.jp/naid/130001052135

Andrew Walls キリスト教の非西洋シフト

アッポルド氏は、報告の中で Andrew Wallsが、現代においてキリスト教の重点は非西洋世界に移っているため、キリスト教史についての見方も変えていく必要があるのではないかと述べたとして以下の論文を紹介していた。

  • Walls, Andrew F. "Eusebius tries again: Reconceiving the study of Christian history." International Bulletin of Missionary Research 24.3 (2000): 105.

http://www.internationalbulletin.org/issues/2000-03/2000-03-105-walls.pdf

公開シンポジウム「宗教改革の伝播とトランス・ナショナルな衝撃―宗教改革500周年にむけて」

しばらく前だが、6月20日立教大学で開かれた「宗教改革の伝播とトランス・ナショナルな衝撃―宗教改革500周年にむけて」というシンポジウムに行ってきた。このシンポジウムは、ケネス・G・アッポルド 氏(プリンストン神学大学 ジェームス・ヘイスティングス・ニコールズ宗教改革史教授)と日本の研究者が、多様な観点から宗教改革に迫るというものだった。
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2015/06/16186/

アッポルド氏の著作『宗教改革小史』は、日本語での翻訳もある。


アッポルド氏の報告は、“Reformation Studies on the Eve of the Quincentennial”(「宗教改革研究の動向について:500周年を目前に」)というタイトルで、宗教改革をグローバルな観点から見ようという野心的なものだった。

近年の宗教改革研究では ARCHIVE FOR REFORMATION HISTORY 100号(2009年)で多数の国の宗教改革研究回顧が行われていたように、ドイツ以外の宗教改革にも関心が向けられるようになってきている*1。アッポルド氏も『宗教改革小史』でスカンジナヴィアやハンガリー宗教改革に触れていた。しかし、概ねこれまでの宗教改革研究では、対象の範囲はヨーロッパ内部で広がってきた。

しかし、アッポルド氏はこの報告でヨーロッパを大きく踏み出し、宗教改革研究を全世界の歴史と結びつけて考えることを提唱していた。彼は冒頭でアンドレ・クロ―の16世紀は「出会いの世紀 century of encounters」だという言葉を引き、16世紀にはヨーロッパが中東や南アジア、東アジア、アメリカなど世界の様々な地域と遭遇したことを強調した。そして宗教改革キリスト教共同体の再定義だという自身の見方に基づき、宗教改革はグローバルな出会いによって新しい共同体が生じるという16世紀に世界中で生じた大きな動きの一部だと考えられるのではないかという問題提起をしていた。

限られた時間の報告であったため、そのテーゼの詳細は語られず論の妥当性も不明だが、非常に刺激的な報告だと感じた。おそらく今後、このようなグローバルな観点に基づいた宗教改革像を論文や著書などのかたちで公開して下さると思うので、楽しみにしている。

その後も、イングランド、スカンジナヴィア、南ドイツ、オランダと幅広い地域での様々なテーマについての報告が続き、大変勉強になった。