ミュンスター再洗礼派研究日誌

宗教改革の少数派である再洗礼派について紹介していきます。特に16世紀のミュンスターや低地地方の再洗礼派、17~18世紀のノイヴィートの宗教的寛容を研究中。

経済史を研究する意味は?

岡崎哲二氏の『コア・テキスト経済史』(新世社、2005年) の第1章は、「経済史を研究する意味」と題されています。ここでは経済史と銘打たれていますが、歴史学を研究する意味と置き換えても良いでしょう。その意味で、経済史学徒以外の歴史学研究者にとっても、有益な記述であろうと思います。

この本では、主に以下の四つの理由で、経済史研究の意味を説明しています。

1.歴史の教訓

現代と似た過去の事例から、教訓を引き出すという、最も一般的に主張される歴史学の意味づけです。トインビーは、17世紀イギリスで起こったピューリタン革命と名誉革命からイギリス人が節度を重んじるという政治的伝統を学んだ、そしてE.H.カーは、パリ講和会議で100年前のウィーン会議から、国境線変更の際民族自決の原則を無視するのは危険であること、スパイに盗まれないように秘密文書をくずかごに捨てないことを学び行動したと考えたそうです。

また、開発経済学は、発展途上国の開発に活かすために、「東アジア」の奇跡を研究し、政府が「市場に友好的な」かたちで経済に介入したことが成功に繋がったという教訓を引きだしたそうです。

2.現在の相対化

現在の我々が当たり前だと思って疑わないことも、過去においては一般的ではなかったことが明らかになるなど、現在を相対化して見ることに役立つとのことです。

例としては、資本主義以前の社会の研究を通じて、資本主義が生産様式の発展の一段階だと考えたマルクス、また戦前には日本には終身雇用はなかったという事実から、終身雇用は日本の文化に根ざしたものではないことを明らかにした終身雇用研究の成果が挙げられています。

3.実験室としての歴史

あるテーゼを検証する際に、長期の時系列データを発生させる実験室として歴史を用いるということです。

例としては、アメリカの貨幣残高、実質GNP、名目GNP、物価などのマクロ経済変数の相互作用を調べ貨幣残高変化の独立性を論証したフリードマン/シュワルツの研究、金融恐慌の原因を説明する際に、預金引き出しリスク仮説より非対称情報仮説が正しいことを明らかにした金融恐慌研究が上げられています。

また、歴史上の規制の変更や事件が、自然科学の実験で研究者が行うような条件の変化をもたらしてくれる場合があり、これを「自然実験」と呼ぶのだそうです。

例としては、鎖国時代の日本のデータを用いてリカードの比較優位原理を検証したベルンフォーフェンとブラウンの研究が上げられています。

4.歴史的経路依存性

世の中には一見すると非合理に思えるようなこともあるが、その論理は、現在の諸条件だけではなく、そこに到るまでの過程を見ないと理解することができないということです。

例としては、北フランスの細長い農地がバラバラに散らばっているという非効率的な土地所有形態は、過去からの時間の経過の中で形成されてきたことを指摘したマルク・ブロックの研究、より効率的なDSKではなく、非効率的なQWERTYキーボードが普及している理由を、タイプライター時代からの歴史的経緯とゲーム理論ナッシュ均衡で説明したポール・デービッドの研究が上げられています。


これらを見ても分かるとおり、経済史の意味づけは、常に現在をどう捉えるかという問題と密接に関わっていることが分かります。これは、経済史も、経済学の理論の形成と密接に関わっているからだろうと思います。他方、一般の歴史学の成果と理論の関係はなかなか微妙なものがありますが、やはりピーター・バークも主張しているように、理論と仲良くすることも考えたいものであります。